債権関係規定(債権法)に関する改正民法が2017年5月に成立し、2020年4月1日に施行されます。
契約に関する規定の大半は明治29(1896)年の民法制定から変わっておらず、今回の改正は、民法制定以来、約120年ぶりに抜本改正されます。
改正は、約200項目に上り、様々な生活の場面に影響が及ぶ身近なルール変更が多いです。
以下、民法改正により、使用賃貸借契約の契約条項で注意しておきたい点を説明します。
使用貸借の諾成化
現行民法は、目的物の授受を使用貸借の成立要件としており、使用貸借は要物契約とされています。
これに対して、改正民法は、使用貸借を、要物契約から諾成契約へと改めるとともに、受け取った物を契約が終了したときに返還することが借主の義務であることを明確にしています(改正民法593条)。
「諾成契約」とは、当事者双方の合意のみで成立する契約をいいます。
「要物契約」とは、当事者双方の合意に加えて、目的物の引き渡しなどの給付があってはじめて成立する契約をいいます。
改正民法 第593条
(使用貸借)
第五百九十三条
使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。
借用物受取り前の貸主による使用貸借の解除
改正民法は、使用貸借を諾成契約へと改めたこととの関係で、借主が目的物を受け取っていない段階での貸主の解除権を定めています(改正民法593条の2)。
ただし、書面による使用貸借では、この解除権は認められませんので(本条ただし書)、この貸主の解除権は、書面によらない使用貸借の場合のみ、発生することになります。
実務上、事後の紛争を防止するという観点から、使用貸借契約書上は、解除できないものとする旨を明記しておくことが望ましいでしょう。
改正民法 第593条の2
(借用物受取り前の貸主による使用貸借の解除)
第五百九十三条の二
貸主は、借主が借用物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。ただし、書面による使用貸借については、この限りでない。
条項例
第1条(引渡し等)
甲は、乙に対し、平成●年●月●日限り、本件建物を引き渡す。なお、第●条に該当する場合を除き、甲は、乙が本件建物の引渡しを受けるまでの間、本契約を解除することができないものとする。
期間満了等による使用貸借の終了
改正民法は、使用貸借の終了事由という観点から整理され、改正民法第597条は、期間を定めた使用貸借が期間の満了によって終了すること(1項)、期間を定めない使用貸借において使用収益の目的を定めていたときは借主がその目的に従い使用収益を終えることによって終了すること(2項)、使用貸借が借主の死亡によって終了すること(3項)を定めています。
改正民法 第597条
(期間満了等による使用貸借の終了)
第五百九十七条
当事者が使用貸借の期間を定めたときは、使用貸借は、その期間が満了することによって終了する。
2 当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する。
3 使用貸借は、借主の死亡によって終了する。
使用貸借の解除
改正民法第598条は、期間を定めない使用貸借において使用収益の目的を定めていたときの貸主の解除権(1項)並びに使用貸借の期間及び使用収益の目的を定めなかったときの貸主の解除権(2項)を定めるとともに、借主がいつでも契約の解除をすることができることを新たに定めています(3項)。
実務上、3項との関係で、借主にいつでも契約の解除をされると貸主が困るような場合には、使用貸借契約書上で借主に解除の予告期間を置くことを義務付けることなどが考えられます。
改正民法 第598条
(使用貸借の解除)
第五百九十八条
貸主は、前条第二項に規定する場合において、同項の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、契約の解除をすることができる。
2 当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも契約の解除をすることができる。
3 借主は、いつでも契約の解除をすることができる。
条項例
第1条(使用貸借の期間)
貸借の期間は、契約日から2年間とする。ただし、期間満了前でも、甲及び乙は、2か月の予告期間をおいて本契約を解除することができる。
使用貸借終了後の収去義務及び原状回復義務
改正民法第599条は、使用貸借終了後の収去義務・収去権を定めるとともに(1項・2項)、借用物の損傷に関する原状回復義務を定めています(3項)。
改正民法は、賃貸借契約では、原状回復義務に関する判例法理等の一般的な理解を明文化し、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」(通常損耗)と「賃借物の経年変化」が原状回復の対象とならないこと、損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは当該損傷について原状回復義務を負わないことを明記しました(改正民法第621条)。
これに対して、使用貸借契約終了時の借主の原状回復義務の対象では、賃貸借契約終了時の賃借人の原状回復義務(改正民法第621条)と異なり、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。」といった文言が定められていません。
これは、賃貸借契約の場合と異なり、無償である使用貸借契約においては、通常損耗・経年変化の回復について、どちらの当事者が負担すべきであるかは個別の契約の趣旨や内容によって決まると考えられることによります。
そこで、実務上、通常損耗や経年変化を借主の負担で原状回復する必要があるか否かを使用貸借契約書上で明記しておくことが考えられます(例えば、経年変化以外の損傷については借主の負担で原状回復する必要があると定めることなど)。
なお、借用物の損傷が借主の責に帰することができない事由によるものであるときは、当該損傷についての原状回復義務は生じないと定められていること(本条3項ただし書)との関係で、実務上、貸主の立場から、借主の帰責性の有無にかかわらず借用物の損傷についての原状回復義務が生じると使用貸借契約書上明記しておくことなどが考えられます。
改正民法 第599条
(借主による収去等)
第五百九十九条
借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。
2 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。
3 借主は、借用物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、使用貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
条項例
第1条(原状回復)
本契約終了後、乙は、本件建物の経年変化による損傷(通常損耗は含まない。)を除き、本件建物の損傷についての自らの帰責性の有無にかかわらず、本件建物をただちに原状に復したうえ、これを甲に返還しなければならない。
損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限
改正民法第600条は、本条2項において、契約の本旨に反する使用収益によって生じた貸主の損害賠償請求権について、貸主が目的物の返還を受けた時から1年を経過するまでの間は時効が完成しないことを新たに定めています(2項)。
これは、借主の用法違反時点から10年を経過しても使用貸借契約が存続している中で消滅時効が完成することがあり得るところ、貸主は目的物の状況を具体的に把握することが難しいため、貸主が借主の用法違反の事実を知らない間に消滅時効が進行し、貸主が目的物の返還を受けた時には既に消滅時効が完成しているといった事態が生じることは妥当でないことによるものです。
なお、本条は、改正民法第622条で賃貸借の場合に準用されています。
改正民法 第600条
(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条
(略)
2 前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。