債権関係規定(債権法)に関する改正民法が2017年5月に成立し、2020年4月1日に施行されます。
契約に関する規定の大半は明治29(1896)年の民法制定から変わっておらず、今回の改正は、民法制定以来、約120年ぶりに抜本改正されます。
改正は、約200項目に上り、様々な生活の場面に影響が及ぶ身近なルール変更が多いです。
以下、民法改正により、建物賃貸借契約の契約条項で注意しておきたい点を説明します。
賃貸借期間
今回の改正によって、賃貸借期間の上限につき、20年から50年へと変更になりました(現行民法・改正民法各604条)。
なお、借地については、借地借家法により上限の設定が外され30年以上の期間であれば契約で自由に決めることができるとされているのは従前のとおりです(借地借家法3条。更新後の期間については同法4条)。
改正民法 第604条
(賃貸借の存続期間)
第六百四条
賃貸借の存続期間は、五十年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。
2 賃貸借の存続期間は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から
五十年を超えることができない。
修繕
賃貸人の修繕義務
賃貸人は、有効な特約がある場合を除き、賃借物の使用収益に必要な修繕をする義務を負います(現行民法606条1項、改正民法606条1項本文)。
修繕の必要が賃借人の帰責事由によって生じた場合であっても賃貸人が修繕義務を負うか否かについては現行民法に規定がなく議論がありますが、改正民法では修繕義務を負わないことが明記されました(改正民法606条1項ただし書)。
もっとも、そのような場合であっても、あくまで修繕を行う主体としては賃貸人とした方が管理上好ましい(修繕費用の負担については賃借人の負担)との考えはあるでしょう。
改正民法 第606条
(賃貸人による修繕等)
第六百六条
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
2(略)
賃借人の修繕権限
賃借物はあくまで他人の所有物ですから、賃借人には、基本的には修繕権限がありません。
例外的に賃借人に修繕権限が認められる場合について、現行民法には明記されていませんが、改正民法では、「賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき」及び「急迫の事情があるとき」に修繕権限が認められることが明記されました(改正民法607条の2)。
なお、賃借人が必要な修繕をしたことにより民法608条1項の必要費償還請求権が生じるかどうかは同項の要件を満たすかどうかによって決せられ、修繕権限に基づくかどうかという問題とは切り離されて判断されます。
改正民法 第607条の2
(賃借人による修繕)
第六百七条の二
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二 急迫の事情があるとき。
条項例
(契約期間中の修繕)
第1条 甲は、乙が本物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない。この場合の修繕に要する費用については、乙の責めに帰すべき事由により必要となったものは乙が負担し、その他のものは甲が負担するものとする。
2 前項の規定に基づき甲が修繕を行う場合は、甲は、あらかじめ、その旨を乙に通知しなければならない。この場合において、乙は、正当な理由がある場合を除き、当該修繕の実施を拒否することができない。
3 乙は、本物件内に修繕を要する箇所を発見したときは、甲にその旨を通知し修繕の必要について協議するものとする。
4 前項の規定による通知をし、若しくは甲がその旨を知ったにもかかわらず、甲が正当な理由なく相当期間内に修繕を実施しないとき、又は、急迫の事情があるときは、乙は自ら修繕を行うことができる。この場合の修繕に要する費用については、第1項に準ずるものとする。
5 乙は、別表に掲げる修繕について、第1項に基づき甲に修繕を請求するほか、自ら行うことができる。乙が自ら修繕を行う場合においては、修繕に要する費用は乙が負担するものとし、甲への通知及び甲の承諾を要しない。
賃借物の一部につき使用収益することができなくなった場合
賃料の減額
今回の改正によって、賃借物が一部滅失した場合(現行民法611条1項)にとどまらず、賃貸人が修繕義務を履行しないことによって賃借物の一部が使用収益できなくなってしまった場合一般について、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、使用収益できなくなった部分の割合に応じて賃料が当然に減額されることとなりました(改正民法611条1項)。
また、現行民法では、建物の一部が賃借人の責任によらずに一部使用不能となった場合の賃料について、その割合に応じて賃借人は減額を請求できるとされていましたが(現行民法611条)、改正民法では、建物の一部が賃借人の責任によらずに一部使用不能となった場合、その割合に応じて当然に減額になるとされました(改正民法611条)。
賃借人からの請求をまたずに当然に減額されるという点では一部滅失の場合につき減額請求を認める現行民法611条1項と異なります。
改正民法 第611条
(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
第六百十一条
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった
場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
解除
今回の改正によって、賃借物の一部が使用収益できなくなってしまった場合一般について、それによって賃借人が賃借した目的を達することができないときには、賃借人の過失の有無を問わず、賃借人は、契約の解除をすることができるようになりました(改正民法611条2項)。
これに対し、現行民法611条2項は一部滅失の場合であって、かつ、賃借人の過失がない場合にのみ解除権が発生すると規定しています。
条項例
(一部滅失等による賃料の減額等)
第1条 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において、それが乙の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用できなくなった部分の割合に応じて、減額されるものとする。この場合において、甲及び乙は、減額の程度、期間その他必要な事項について協議するものとする。
2 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において、残存する部分のみでは乙が賃借をした目的を達することができないときは、乙は、本契約を解除することができる。
原状回復
改正民法は、原状回復義務に関する判例法理等の一般的な理解を明文化し、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」(通常損耗)と「賃借物の経年変化」が原状回復の対象とならないこと、損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは当該損傷について原状回復義務を負わないことを明記しました(改正民法621条)。
もっとも、実際の場面において具体的な損傷が原状回復の対象となるか(通常損耗や経年変化に該当しないか)、原状回復の対象となるとしてもその費用額はいくらか、などといった点についてトラブルになることが多いと思われますから、原状回復の対象となる損傷の具体例や、原状回復工事の施工単位・単価、経過年数の考慮の有無などといった原状回復条件を予め合意するのが望ましいかと思います。
この点、国土交通省による賃貸住宅標準契約書15条2項、別表第5が参考となります。
改正民法 第621条
(賃借人の原状回復義務)
第六百二十一条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない 。
条項例
(明渡時の原状回復)
第1条 乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。
2 甲及び乙は、本物件の明渡時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。
その他時効など
その他改正民法で注目すべき点としては、賃借人が用法遵守義務違反をした場合に発生する損害賠償請求権について、賃貸借契約期間中に消滅時効が完成してしまう事態を防ぐために、賃借物の返還を受けた時から1年が経過するまでは時効が完成しないとして時効の完成猶予を定める規定を新設した点が挙げられます(改正民法622条が準用する同法600条)。
改正民法 第600条
(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条
(略)
2 前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は、時効は、完成しない。